―――――――――――――――――― 凍った時間 ――――――――――――――――――― 「もうこんな時間か・・・ しかし、忙しいな・・・何でだろう」 朝起きるとちょっといつもより遅めだった。 忙しいのは何故かと言うと、こんな遅い時間なのにまだ名雪が寝ているからである。 「おい名雪、遅刻するぞ、早く起きろ」 「ん〜・・・祐一・・・。」 「殴るぞ」 すぐ側に信じられない大音量で鳴っている大量の目覚ましを止め、 どうにか名雪を起こし朝食を後にした。 「行ってきま〜す」 「行ってらっしゃい」 秋子さんに見送られて名雪と家を出発した。  ・ ・ ・ 朝に家で名雪を起こし、 昼は学校の中庭で栞とアイスを食べ、 夕方は商店街であゆと会い、 夜の校舎で舞と落ち合い、 夜中は家で真琴の相手をする。 「ハードスケジュールだな」 「それはわがままって言うもんだぞ、相沢」 学校で一息ついていると後ろの席の北川がそんな事を言う。 「おかげでおれは四六時中休みなしだ」 「いいじゃんか、お前ばっかりずるいぞ、一人くらい寄こせ」 「あのな〜、これはそう言う問題じゃなくてだな・・・」 「じゃぁどういう問題なんだよ〜」 「ただ友達と遊びに行っているだけじゃないか」 「全員女の子だろ」 「それはそうだが」 「何で何だよチクショ〜おれは男友達は各所にたくさん居るけど女の子は皆無なんだぞ〜」 それは・・・自慢なのか? 「だから相沢!一人寄こせ」 「はぁ〜くだらないぞ。本人に訊いてみろ」 おれは今朝弱い名雪をここまで引っ張ってきて大変だったんだ、少し休ませろ。 そう言っておれは朝の授業は寝た。夜中に真琴に付き合ってやってるせいか、 夜は睡眠時間も少なく最近朝によく眠くなる。まずいな・・・ただでさえ勉強 追いつかないって言うのに。 「あたしたち食堂行くけど、相沢くんはどうする?」 おれは首を振った。 「って、じゃぁどこでお昼ごはん食べるの?」 名雪が訊いてきたが、ただおれは黙ってにこっと笑うだけだった。 「じゃぁな」 「あ、ってちょっと!」 「・・・。」 名雪の制止も無視しておれは教室を出た。 香里はおれが見えなくなるまでずっとおれを見ていたような気がする。 「し・お・りっ!」 「きゃっ!」 ぺしゃん! 「あ・・・」 鉄の扉を開けると銀色世界の中庭にただ一人栞が立っていた。 後ろから目隠しをして驚かしたら、栞は座り込んでしまった。 「悪い、大丈夫だったか?」 「もう、脅かさないで下さい祐一さん」 「あはは」 いつも頼まれているバニラのアイスを袋に入れて、おれはやってきた。 「わあっ、またバニラ買ってきてくれたんですね」 「おれももう金欠だ・・・」 「嬉しいですー」 おれの金はお構いなしらしい。怖い。 「しかし、体弱いのに真冬にアイスとはいくら物好きとは言えどうかしてるぞ・・・」 「どうかしてますか?」 「してる」 「そーんなコといウヒトは嫌いですよー」 「なんだそのロボットみたいな言い方は」 「冗談です」 ははっと俺は笑った。栞がこんな冗談言うなら、アイス食べても平気だろうな。 「こうして、時が凍ってくれたらいいのに―――」 栞はふっと言った。 「いつまでも祐一さんと、話して居たいです」 残念そうに言った後、頬を赤らめてこっちを見た。 「そうだな。日常が日常であって変わらないのも幸せかもな。 それでもおれは、毎日変わっていく方が楽しいと思う」 くだらない話や日常の話をするために、昼食と言えるか分からないバニラのアイスを持って いつもおれは中庭の栞に会いに行く。 他愛の無い話をするのは楽しいし、気楽だ。 学校の鐘が鳴ると、栞は帰っていく。 風邪がひどくならないようにな、と言うと、ありがとうございますと栞は頭を下げて帰っていった。 その後姿は何となく儚げに見えた。 と、ゆっくりしている暇は無かった。今日の午後は体育の授業だ! マッハで体操服に着替え、グラウンドに向かった。 途中、名雪に手を振られた。悪い気はしないが、みんなの手前、気恥ずかしい。 いくら従兄弟とは言え、名雪もちょっとは遠慮して欲しいものだ。 この年になればフツーわかるはずだが、あいつのおれに対する人懐っこさは尋常じゃないので それは認めざるを得ないと言うところだ。 帰りに校門のところで天野と会った。 「元気そうだな」 「綺麗な夕焼けです」 「真っ赤だな・・・」 「あの子は・・・真琴は、元気ですか?」 「ああ、・・・― おれが参るほど元気だ」 「それは、良かったです」 「よくないぞ!おかげで最近朝の授業は眠くてさっぱりわからん」 「頑張って下さいね、相沢さんならできます」 「人事だと思って言ってるだろ」 「そんな事ないですよ」 「なら真琴を預かってみないか?」 「ダメです、あの子には相沢さんしか居ません」 とか言ってあいつはおれよりお前に懐いてるじゃないか、と言うことは言わないでおこう。 「じゃぁな」 「はい、また会いましょう」 あいつも、昔の悲しい記憶の呪縛から解き放たれればいいのにな。 奇跡か・・・信じたくもあり、信じれなくもあるか。 帰りに商店街で寄り道してると・・・ 「祐一くんっ」 「おわっ」 後ろから突然抱きつかれて驚く。あゆと出会った。 「な、なんだあゆか」 「なんだはひどいよ」 「まぁいつもの事だけどな」 「じゃぁボクはいつも酷いこと言われてるって事だね」 「お前がボディーアタックなんかしなければいい」 「そんなことしてないもん〜」 祐一は返答せずに商店街の中を歩いていく。 「露骨に無視しないで〜!」 そんな日常が楽しい。こいつと話してるとどうもちょっかいを言いたくなるというか、 不思議な気分だ。どちらかと言うと可愛い男の子と言う感じで、 女の子なのに女の子と話している気がしない。 「で、まずどこに行くんだ?」 「たいやき!」 1秒即答だった。 「祐一くん、たいやきだよ!たいやきがないとこの世は終わりだよ!」 「そうか、終わりだな」 「流さないで!」 く〜・・・ 「・・・」 「・・・」 あゆのお腹が鳴った。あゆは恥ずかしそうに顔を赤らめた。 「あははは、あの時と同じだな」 「祐一くん・・・」 おれは満足したので、 「わかったよ、たいやき買ってやるよ。何匹だ?」 「5匹!」 「おれ何匹?」 「ボクが4匹で、祐一くんが一匹」 おれのお金で買ってるのにおれの方が食い扶持が少ないというのはどう言う沙汰だろう。 でも結局、おれはあゆから一匹もらって2匹食べた。と言うか、おれがあゆにあげてるはずなんだが。 それから次どこに行こうかと思ったら栞を見つけた。 「あ、栞ちゃんだ」 「本当だ、しおりーっ」 呼んだら栞はすぐにやってきた。 「祐一さん、あゆさん、こんにちは」 「こんにちは〜。栞ちゃんお買い物?」 「珍しいな、栞がこんな時間に人混みに紛れ込んでるなんて」 「・・・気分転換です」 「まぁおれたちも学校後の気分転換みたいなもんだからな。 栞さえよかったらおれたちと行かないか?」 「いいんですか?」 「いいよ!栞ちゃん一緒に行こう!」 あゆは栞の遠慮がちな態度にはお構い無しだ。しかしそれは栞に不安を感じさせるどころか、 楽しさを与えるほどである。 「それでは、少しの間お世話になります」 そう言って栞は頭を下げた。礼儀正しいというか、型どおりだが栞なら悪くない。 「まずはどこに行く?」 「では、あそこなど行ってみたいです」 あゆが誘(いざな)うと、栞はすぐ応えた。案外遊びたいらしい。 指差した先はゲームセンターだった。物音がやかましくて、栞には大丈夫なんだろうか。 「私、こういうところは結構大丈夫なんですよ」 学校を長期に渡って休んでるやつが言っても説得力はなかった。 苦笑いで一緒についていった。 「私、これがやってみたいです」 「これ?難しいよ〜ボク満点取れたことないもん」 そう言って指したのはもぐら叩き・・・ならぬワニ叩きだった。まぁ内容は変わらない。 「祐一くん、お金」 「っておい!栞は買い物でお金持ってるんじゃないのかよ!」 「祐一さん、ごめんなさい・・・おつりは姉に返さなくてはならないんです」 買い物は香里の命令だったのか。何と言うか、想像したらなぜか笑ってしまった。 「と言うことで、お金!祐一くん早く!」 あゆがやる訳でもないのに自分がやるように、早く見たいと急かすあゆ。 結局お金はおれが出した。ああ、おれってなんて優しいんだ。 って言うか無職の人間に2人してたかるのも堪忍して欲しいぞ。 「始まったよ栞ちゃん!」 「え、えっと・・・こっち・・・わっ、こっちっ」 栞の手付きはあやふやで、叩こうと意志を固めた矢先ワニが引っ込んでしまうので、 栞は惑わされてパニック。一匹も叩けなかった。 「うう〜」 栞は泣いている。相当ショックだったらしい。 「栞ちゃんの仇はボクが取るよ!貸して!」 そう言ってあゆはやわらかいハンマーを栞から渡された。 「早くやれよ」 「祐一くんお金」 いい加減にしろよこのヤローーーー。泣くぞ。 おれも昔名雪に無理やりお金借りて泣かしたことあるけど、今なら名雪の気持ちがわかるぞ。 名雪ゴメン。おれは心の中で謝った。 泣く泣くお金を憎っくきあゆに渡すと、コインは挿入口に入れられゲームがスタートした。 「うぐぅ〜!」 いつもの口癖であゆは頑張る。頑張る。頑張っている。頑張ってはいるのだが・・・ 「あゆさん、何だか凄いですね・・・」 「おれもそう思う」 かなり強気でバシバシ叩いてたのにそれは全部空振って居て、点数は0だった。 途中、通りすがる学生も何事かと見ていくほどだった。 「ぜー・・・ぜー・・・ うぐぅ〜!悔しい!祐一くん、もう一回!」 勘弁して下さい。 「別のところ行こうぜ、な、あゆ」 「うぐぅ〜」 あゆは文句たらたらだったが栞になだめられてゲームセンターの中を移動した。 「あゆ、機嫌直せ、これ取ってやるから」 「うぐ〜・・・?あ、可愛い!」 「わぁ〜・・・」 目の前にあるのはクレーンゲームだ。箱の中に色んな可愛いぬいぐるみや人形がある。 あゆはミントの手袋を箱のガラスに当てて中に見入っていた。栞も見入っていた。 「栞にも取ってやるぞ」 「わぁ、ありがとうございます!」 意気込みはいいが全財産は残り少なかった。萎える気分を側に居る2人の少女のためにプラス思考に変えた。 そしてコインを入れボタンを押して・・・ 「あ」 「あ」 「あ」 3人とも同じ事を言った。と言うか、口から何か出たという感じ。 ボタンをすぐ離したら、横方向への移動が初期位置に等しいところで止まった。 「・・・」 「・・・」 「・・・」 当然、縦方向への位置など操縦しても意味は無い。何も無いところ、と言うか放り込むところに、 UFOキャッチャーのマジックハンドは吸い込まれて行った。有り得なかった。 「間違えたんだよ!クレーンゲームの中には横方向に移動するボタンを押したままじゃなくて 一回押したら離してもそのまま移動してくやつがあるだろ!それだと思ったんだよ!」 「祐一くん、今の有り得ないよ」 あゆは細目でおれを見る。すごく心が怪しそうな目だった。 あゆはともかく、栞の前で格好つけた手前、恥ずかしすぎた。 当の栞は放心状態で笑っていた。放心状態と言うのは、笑いを堪えていたんだろう。 さらにゲーセンの中を移動すると佐裕理さんに会った。 「佐裕理さん!なんでこんなところに居るんですか!?」 男しかやらないような格闘ゲームを佐裕理さんはやっていた。 『鉄の拳』というゲームだ。 佐裕理さんはゲームをしながらこちらを見て言う。 「あ、祐一さん、こんにちはっ。あははーっ、気分転換ですよ」 よそ見しながら相手をボコボコにしてる。怖い。 でも結果的には負けてしまった。 「あはは、負けちゃいましたー」 そこでおれたち4人はゲームセンターを後にした。 「あははっ、楽しかったですねっ」 佐裕理さんは楽しそうだ。 「・・・えっと」 あゆは佐裕理さんを見ている。そうだ、あゆは知らなかったっけ。 「紹介するよ、おれの学校の先輩で、倉田佐裕理さんだ」 「初めまして、月宮あゆですっ」 「月宮・・・あゆさん・・・っ・・・?」 「はい!よろしくお願いします!」 あゆは元気そうに挨拶を続けたが、佐裕理さんは少し固まっていた。 いつぞやの秋子さんと雰囲気が酷似していたのでふと気になった。 「どうして・・・あゆの名前を聞いて固まったんですか?」 「あ、あはは、ちょっと勘違いで驚いちゃいました、聞いたことある名前と一緒だなーって・・・」 「聞いたことある名前って?」 「いいんですよ、もう」 そう言うと佐裕理さんはあははっと言って、いつもの笑顔だった。 おれはすごく気になったが聞いても佐裕理さんは応えそうに無かったので止めた。 「ボク有名人かな」 「食い逃げでな」 「ち、違うよっ!もう、倉田さんとは初めてなのに、なんてこと言うんだよぉ・・・」 「佐裕理と呼んでいいですよ〜っ」 「あ、私は倉田さんって呼びます・・・」 賑やかな中、栞が申し訳なさそうに首を突っ込んだ。 「ああ、そう言えば学校は同じでも栞も知らなかったっけ」 「あ、でも聞いたことはありますよ、川澄舞さんの知り合いの方ですよね?」 「あ、舞ったら有名なんだーっ、それじゃ佐裕理も有名ですか、恥ずかしいですー」 佐裕理さんは手をパーにして口を塞いで笑っている。とても楽しそうだ。 なんだかいつの間にかすごい賑やかになってしまった。 「あ、あの・・・今日はとても楽しかったです」 夕焼けで真っ赤に染まるみんなの前で栞は頭を下げた。 「ああ、おれも楽しかったよ。疲れただろう、家でゆっくり休めよ」 「はい」 「香里に叱られるぞ」 「あ・・・」 買い物途中だったのを忘れていたらしい。香里の怒った顔を想像したら、すごく怖くなった。 「祐一さん、またです」 「ああ」 「佐裕理も帰りますねー、こっちですから」 「佐裕理さんも気をつけて下さいね」 「ではーっ」 みんな自分たちの家に帰っていき、残ったのはおれとあゆだった・・・。